東京高等裁判所 昭和51年(う)2244号 判決
被告人 津久井丈雄
〔抄 録〕
そこで検討すると、記録によれば、本件昭和五一年六月二六日付起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、かねてから新島幸江(当二九歳)と情交関係を続けていたが、右新島幸江が他の男性と結婚することを知り、これを破談にしようと考え、昭和五一年六月一〇日午後一〇時三〇分ころ、足利市新宿町一、〇二二番地新島義夫方玄関先において、同人(当五七歳)に対し『ここから娘を一歩でも出してみろ、ただではおかないぞ』、『娘を嫁にやったら半殺してしてやる、嫁に行っても一生つきまとってやる』などと怒号し、同人ならびに同人の二女である前記幸江の生命身体などにどのような危害を加えるかも知れないような気勢を示して脅迫したものである」というものであるところ、原審は、右被告事件に昭和五一年七月一五日付起訴にかかる被告人に対する名誉毀損被告事件を併合して審理する旨決定し、同年七月一九日の第一回公判期日において、右各被告事件に対する陳述が行なわれたが、その際被告人は、「脅迫の文言中『ここから娘を一歩でも出してみろ、ただではおかないぞ』ということは言っていません、その他はすべてそのとおり相違ありません、これらの事実によって刑事上の処分を受けても致し方ないと思っています」と供述したこと、ところが原審は、右公判期日において、右脅迫及び名誉毀損のすべての訴因につき簡易公判手続によって審判する旨の決定をし、検察官請求の証拠書類及び証拠物のすべてを、弁護人の意見を聴取することなく取調べたうえ、前記脅迫の訴因につき、脅迫文言の点を含め、公訴事実とほぼ同一の事実を認定し(原判示第一)、これを認めた証拠として、被告人の原審公判廷における供述のほか、新島義夫の検察官に対する供述調書、新島まつの司法警察員に対する供述調書等、前記検察官請求の証拠の一部を挙示し、同事実と名誉毀損の事実とを刑法四五条前段の併合罪として処断していることが認められる。
ところで、刑訴法二九一条の二の規定によると、簡易公判手続によって審判することができるのは、被告人が、被告事件についての陳述に際し、起訴状に記載された訴因について有罪である旨の陳述をした場合に限られるのであり、その趣旨は、被告人が当該訴因事実全部を認め、これについて自己の刑事責任を肯定することを要するものと解すべきであって、これを本件についてみるに、前記のとおり、被告人は脅迫の訴因について、訴因事実の重要部分である二つの脅迫文言のうちの一つを否認しているのであるから、たとえ被告人が他の脅迫文言を認め、脅迫の訴因につき自己の刑事責任を肯定したとしても、いまだ前記法条にいう、有罪である旨の陳述があったとはいえず、したがって、右訴因について簡易公判手続の要件を具備したといえないことは明らかである。そうすると、本件脅迫の訴因については、簡易公判手続によることを得ない場合であるのに拘らず、原審は、右訴因につき簡易公判手続により審判し、適法な証拠調べを経ない証拠によって原判示第一の脅迫の事実を認定するという誤りを犯したものというのほかなく、右訴訟手続の法令違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるというべきところ、前記のとおり、原判決は右脅迫の事実と被告人のその余の犯罪事実とを刑法四五条前段の併合罪の関係にあるものとして処断しているので、結局原判決は、その余の論旨に対する判断をまつまでもなく、全部破棄を免れない。論旨は理由がある。
(石田 小瀬 南)